雪割草、カタクリが美しい角田山

 水原を出るときは、曇りだったが、登山途中から晴天となったが、角田の山にはガスがかかっていた。そのため、山頂から越後平野を展望することはできなかった。それでも角田山は人でいっぱいだった。それはこの日が雪割草などを見るうえで最高の日和だったからではないだろうか。この日、アクロスの参加者は21人(最後に2人合流)。このなかには小学校2年生の長谷川律君がいた。この律君が今回大活躍だった。

 角田山は、481・7mの山だが、山野草で有名なところだ。とりわけ雪割草とカタクリが有名だ。しかも登り口は7つある。このうち、われわれは、一番なだらかで登りやすい五ヶ峠コースから登った。3・1kmのコースだ。われわれは、途中、雪割草やカタクリの花などを楽しみながら登った。登山道は、前日までの雨や雪解けの関係からか、中腹以上はどろんこ状態だった。そのため、登山靴は泥だらけだ。長靴を履いてくれば良かったと思うほど、泥道を登った。「これじゃ田植えができるんじゃないかな」などと冗談が出るほどだった。とりわけ、下りは滑って転ばないように気をつけなければならない。われわれは、午前10時頃、山頂に到着。そこで一時間ほど食事して下山。山頂は人でいっぱいであった。しかも下山中も続々人が登ってくる。たしか、下の駐車場は満杯だったのだが、どこに車を停めてきたのだろうと不思議に思われるほど人が登ってくる。なかには東京から来たというツアー組もいたし、走っている人もいた。新潟市民にとっては、足腰を鍛えるちょうどいい「場」になっているのだろう。下山中、小学校2年の律君は「隊長」になり、ときどき「休憩!」「出発!」と声をかけて先頭にたって元気よく下山していった。

 下山後、われわれは、中村さんの案内で「米百俵」で有名な三根山藩(幕末になって一万一千石の藩になる)館跡、旧庄屋佐藤家などを見学、そしてだいろの湯に浸かり、帰路に着いた。だいろの湯で、われわれは偶然にも田辺夫婦にあった。田辺さんは町内行事があったので遅れてわれわれの後を追って角田山を登り、だいろの湯に来ていたのだと言う。われわれは、最後に律君の「解散!」のかけ声で帰宅した。























将来、大物になるだろうわが隊長殿





米百俵の碑……三根山藩は、もともとは6000石の旗本で幕末になってはじめて大名に昇格した藩である。それが米百俵で一躍有名になったのだ。





旧庄屋佐藤家で説明する地元の斉藤さん

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アクロスの故郷は,白鳥で有名な瓢湖のある阿賀野市

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